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zoom RSS あれから5年「東日本大震災」

<<   作成日時 : 2016/03/11 10:12   >>

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「変形股関節症」の手術をしてから、3年半後。
何故か、中々自由に外出もできず近所のスーパーから帰って来てテレビを観ていた。

私は、意外と慎重派だった為家の中の地震対策はほとんどはしてあった。

高い家具には、全て「転倒防止」用の器具で止めいた。

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しかし、1週間ほど前に買ったデジタルテレビだけは買った当初から凄く安定が悪いな・・・と思い早いうちにどの様に固定しようかと考えていた所だった。

そして、そんな時あの「悪夢」が起きてしまった。

「ドスン」と言う突き上げるような音の後、あの揺れがどんどん大きくなり、案の定一番心配していた「デジタルテレビ」が今にも倒れそうになったので、慌ててテレビを押さえた。

そして、テレビの上にかかっていた鏡も大きく揺れ出した。

私は、その鏡とテレビを必死に押さえてテレビを観ていたのであるがいつの間にかテレビでも「震災」の様子が次々と目の前に、流れて来た。

まず、最初に目にしたのは「新宿」のどこのビルかはわからないが屋上から火の手が上がっていた。

そう、長男も、次男も仕事場は新宿なのである。

そして、次に流れて来たのがあの津波の場面であった。

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私は、その場で立ってテレビと鏡を押さえているのが精一杯であった。
そして、膝ががくがくと止まらなくなった。

ようやく、大きな揺れも収まり慌てて横浜に住んでいる両親に電話をかけた。

両親は、横浜駅で買い物をしてバスで帰って来て荷物を置いた途端に地震が来たと言っていた。
一安心した後、長男と次男にも電話をかけたが、もう電話が繋がらなくなっていた。

そして、一晩私は怖さのあまり何度も余震がある中一人で頭まで布団をかぶり一睡もできなかった。

息子たちと連絡が取れたのは、いつの事だったかな?
息子たちも私の安否を凄く心配してくれていた。
そして、2人ともあの「帰宅困難者」になってしまった事も教えてくれた。

その後、走る事(手術を受けた事によって)ができない私はせっかく20分ぐらいは続けて歩けるようになったのだが「引きこもり」になってしまった。
そう・・・一人では、どこにも行けなくなってしまったのである。

これが、5年前の私である。

ここ数日(昨日もブログに書いたが)東日本大震災の時の事をテレビで取り上げているが、やはり段々「被災地」以外の人たちの中での関心が薄れてきたのだな・・・とつくづく感じてしまう。

そして5年を目途に「仮設」から出て行かなくてはならない人たちも。

それに、福島の「原発」の事は何一つ変わってないではないか。
そして、その中で危険と隣り合わせで作業員の方々が毎日日本が出してしまった「最悪なごみ」の為に駆使してくれている。

いつになれば、本当に安心できる時代がやって来るのか、そしていつになったらまた人々は故郷に帰って来れるのか。

確かに、皆今被災地の人たちも笑っているよ泣いていたら何もできない。
それはそうだよね。でも、明らかに被災した当時よりも東北に足を運んでくる人たちが2割以上減ってきていると言う。

新たに、仮設の店舗から新しい店舗に移ったとしても不安に思っている人達がたくさんいる。

果たして、今の私に何ができるのであろうか

また、8年前に手術した足と反対側の「股関節」も変形しだしている。

その為に、遠出はできなくなってしまったが・・・せめて福島の馬追い祭りには、行きたいな

そして、皆の笑顔が見たいものだ。

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「あれから5年「東日本大震災」」について 今日は、東日本大震災のニュースばかりですね。 未だに、心が痛みます。 ...続きを見る
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2016/03/11 16:17

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