「第100回全国高校野球選手権記念大会」十六日目/決勝戦・青春時代に戻してくれてありがとう!

決勝戦の試合

始球式 井上明氏 松山商(第50・51回大会・投手) 太田幸司氏 三沢高校(第50・51回大会・投手)

≪今日の始球式では、第51回全国高等学校野球選手権大会決勝で、北四国代表・松山商(愛媛)と北奥羽代表・三沢(青森)との決勝戦で、一日目18回まで「0-0」で翌日行われた再試合で「4-2」で「北四国代表・松山商(愛媛)」が勝利した時に、投げ合った「投手」同士であった。これもまた、今回「100回記念」に因縁の有る二人では無かったか「昨日準決勝で、ずっと投げ続けていた「愛媛代表」の「済美」そして今日は「東北代表」として決勝戦まで残った「金足農高」、「井上氏」と「太田氏」は交代で一球ずつ始球式で投げたのであるが、そのボールは二人とも「ワンバウンド」お互いにここでも同点やはり一番「100回記念」の「最後のレジェント投手」としてふさわしい二人だった。≫


金足農業(秋田)大阪桐蔭(北大阪) 2-13

金足農業(秋田)の今までの成績

一回戦(四日目) 第二試合 金足農業(秋田)鹿児島実業(鹿児島) 5-1
二回戦(十日目) 第二試合 金足農業(秋田)大垣日大(岐阜) 6-3
三回戦(十三日目) 第二試合 金足農業(秋田)横浜(南神奈川) 5-4
準々決勝(十四日目) 第四試合 金足農業(秋田)近江(滋賀) 3x-2
準決勝(十五日目) 第一試合 金足農業(秋田)日大三(西東京) 2-1

大阪桐蔭(北大阪)の今までの成績

一回戦(二日目) 第二試合 作新学院(栃木)大阪桐蔭(北大阪) 1-3
二回戦(九日目) 第一試合 大阪桐蔭(北大阪)沖学園(南福岡) 10-4
三回戦(十二日目) 第四試合 大阪桐蔭(北大阪)高岡商業(富山) 3-1
準々決勝(十四日目) 第一試合 大阪桐蔭(北大阪)浦和学院(南埼玉) 11-2
準決勝(十五日目) 第二試合 済美(愛媛)大阪桐蔭(北大阪) 2-5

もう、何も言えない~・・・と言う試合展開でしたね。余りにも最後は「金足農高」の優勝を、私も含め余りにも多くの人がどれだけ願っていたかそれが「金足農業」へのプレッシャーになってしまったのかも知れない・・・

試合の経過(先発;【金足農業】「吉田君」:【大阪桐蔭】「柿木君」

1回裏【大阪桐蔭】:二死満塁からの、ワイルドピッチで「1点」その後「石川君」の右中間二塁打で「2点」先制
3回表【金足農業】:一死三塁で「キャプテン佐々木君」の深いライトフライからのタッチアップで「1点」
4回裏【大阪桐蔭】:一死一・二塁で「宮崎君」のレフトへのホームランで「3点」
5回裏【大阪桐蔭】:無死一塁で「根尾君」のセンターへのホームランで「2点」・「小泉君」「宮崎君」のセンター前ヒットで「2点」・「藤原君」の左中間二塁打で「2点」
ここで【金足農業】ピッチャー「吉田君」から「打川君」へのスイッチ。
7回表【金足農業】一死一塁で「菊池君」のライト越え二塁打で「1点」
7回裏【大阪桐蔭】一死二・三塁で「根尾君」の三塁ゴロの間に「1点」

 相手の「大阪桐蔭」も「勝って当たり前」と言うプレッシャーをずっと肩に追って、昨年の大会が終わってから「毎日練習・携帯電話禁止・外出禁止・家族と会うのも2か月に1回・月に二回(だったかな)の楽しみはコンビニでの買い物、それも500円から1,000円程度」それだけのプレッシャーの中で、選手生活三年生は「三年間」を送っていたと言う。

 そして「金足農高」は、「まずは初戦で勝って、校歌を歌いたい」から始まった。あの姿に対して、私は「もう一度あの姿が見たいな」と思った。そしてそれが叶った。
あの冬は雪深い中の「長靴を履いてのランニング」をテレビで実際に見た時には、「こうしてあの底力を鍛えていたのか」とも思った。

 では「大阪桐蔭」と「金足農業」との違いは
かたや、全国から集められた「エリート集団」そして「金足農業」は全て「地元の中学からの集団」

 「横浜高校」との試合の後にふと思ってしまった事は、あの「ホームラン」の二本は、「甲子園の風のいたずら」だった。それを監督自身が「舞い上がってしまっていた」(厳しい事を言うようだが・・・)あの時に、他に何か言う事は出来なかったのかと私は思ってしまった。
 常に「大阪桐蔭」の監督は、負けたチームの素晴らしかった点など「敬意」がそこにはあった。

 そう負けた「相手チーム」に対する「敬意の言葉・・・」「大阪桐蔭」は、「沖学園」との試合の時に相手チームの打者が「足をつってしまった時に」真っ先にベンチから飛び出して「氷嚢」「スプレー」「水」を持って行ったのは「大阪桐蔭」だった。また「浦和学院」との試合だったかな「ピッチャー」の膝に「大阪桐蔭」が「ピッチャー返し」を打ってしまって「膝」に当ててしまった時に、やはり「3塁コーチボックス」にいた選手がすぐに飛び出して、「スプレー」をかけていた。

 この様な行為は「上から目線」でも何でもない、ここまで苦しい試合をずっとやって来た「大阪桐蔭」が戦いを共にする相手チームへの「心遣い」がさっと出来る行為に尽きる。単純な私は、そう思っていた。

 そして今日も試合が終了した時に、お互いに勇姿をたたえながら抱き合っていたが・・・その中で、背を向けかけた「涙でぬれていた吉田投手」の肩を叩き、引き留めたのは、昨日、今日と久々に先発をして最後まで投げた「柿木投手」であった。しっかりとその後「吉田選手」と抱き合い、何か言葉をかけていた。

 そしてふと、昨日は「吉田君」と同じように、予選からずっと投げ続けていた「済美」の「山口投手」は最後は投げ切った・・・と言う顔を見せていて「涙」を見せなかったのであるが・・・「吉田君は涙を流していた」そして「吉田君」の野球帽のふちの裏には「マウンドは誰にも渡さない」を書かれていた事にも、何か思う事があったのかなと・・・そう・・・5回の裏に「大阪桐蔭」に「5点」取られた後に、初めて「ピッチャー交代」で三塁の「打川君」の継投。恐らく、最後まで投げたかったんだな・・・とも思った。しかしその反面・・・私は「痛は々しさ」まで感じてしまったのだ。「吉田のチーム」、そう思うのはわかる。しかし、「吉田君だけでは無く、「金足農業」全員のチームなのである。ある意味・・・最初に「済美」の「準々決勝」の時の様に、最初は「打川君」でも良かったのではなかったのでは無いか「大阪桐蔭」のデーターの中には「吉田君」のデーターしかなかったのだから・・・
 それを示すようにピッチング練習もも何もしていなかった「打川君」からは「1点」しか、取れなかったのだから。
そして途中で継投すれば・・・それが一番の形では無かったのではないかと、生意気な事言ってゴメンナサイ。

 そして裏でこんな事があったのかと思ったのが、昨日の朝「近江高校」が「金足農高」に負けて「甲子園の土をシューズ袋に入れている姿。「あんな速球投げやがって~打てるはずねぇやわ、あいつはプロやわ、ほんと、はんぱね~し」そう言いながらシューズ袋に叩き付ける様に「甲子園」の砂を入れていたし。

 「大阪桐蔭」史上初、二回目の「春夏制覇」おめでとう。そして「金足農業」・・・あの「校歌」を「5回」も聴かせてくれてありがとう、そしてお疲れ様。

 ゆっくり休んで下さいね。
決勝まで進んだ事自体素晴らしい事なのだから・・・今日の「金足農業」の流した涙は今まで「勝って来た」相手チームの人達分に相当する「涙」だと思います。
 また「吉田君」はU18で「大阪桐蔭」の選手達とも、会えるじゃない。
≪地方大会から、途中6回でピッチャー交代するまで投げて来たボールの数は「1547球」、最後まで投げられなかったけれど見事な数字だ≫

私をまた「高校生時代」の私にタイムスリップさせてくれて「ありがとう

そして最後にはまるで、今までこの甲子園で戦い抜いた「68校」を繋ぐように、西の空に虹の架け橋がかかった。

追伸;今日、テレビでやっていたのであるが・・・閉会式が終わってから、「吉田君」と「打川君」が現れた場所は「ピッチャーマウンド」であった。そこで、ピッチャーマウンドの土をシューズ袋に入れ出した。
 そしてその「吉田君」の横に現れたのが「大阪桐蔭」の「柿木君」だった。一緒に「ピッチャーマウンド」の土をシューズ袋に入れながら、「どうせなら、全部持って行こう」と・・・そして「柿木君」が「吉田君」にかけた言葉、関西弁で「さすがやな」と・・・(追伸は8月22日記)

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