八年前の今日/未だに残る、被災地の問題。

丁度今から八年前に、誰もを震撼させる「東日本大震災」が起きてしまった。

毎年の様にブログを書くようにあの時、私は家に一人で「テレビ」を見ていた。

 何となく、「あっ・・・地震」と思ったのだが、段々とそれは大きくなり、買ったばかりのテレビが大きく揺れ出し、その上にかけてある「鏡」も音を立ててガタガタと揺れ出し、慌てて「テレビ」と「鏡」を押さえていた。

 そしてその中の映像からは、まず「新宿」が映し出されていた。

その中で、屋上から火が上がっている「ビル」が目に入った。

 いつまで経っても、揺れは収まらず、大きくなるばかり。そしてその後、被災地であろう所の映像が流れて来た。

 その光景は、まるで地獄絵図の様に私の目に映った。

直ぐに新宿に努めている「息子」から電話があり、何とかお互いの無事を確認したのである。

しかし息子達二人は、当時有名になった「帰宅困難者」となり、6時間以上かけてそれぞれの家に戻ったそうだ。

 今日は、平成最後の震災の日の慰霊祭等が行われているが、冷たい春の嵐が吹き付ける中での、「追悼式」となった事であろう。

 朝から、震災から八年の流れなどを、各局で流していたが・・・

復興もかなり行われつつあるが、未だに「仮設住宅」に残っている人達の事をやっていた。

 そしてその「仮設住宅」に住める期限は、今月の最終日までだとの事だった。

また家が、一部壊れて「自宅」で避難生活している人は、「自宅」が有れば「公営住宅」に入れないと言う事を、初めて知った。

 また、「全壊」・「半壊」・「一部壊れている」人達の「給付金」の安さにビックリもした。

あの時、集まった「義援金」はどこに消えてしまったのか?

 改めて、考えさせられた。

また、福島の「原発」は未だに問題を抱えている。

 「安全神話」が崩れた中で、何故未だに、もう耐久年数の「40年」を越えた「原発」を再稼働させようとしているのか?

 「原発」は「コストが安い」等と歌っていたが・・・では、その後の「核のゴミ」はどうするのか?

よほどその方が、お金がかかるではないか。心の中でその怒りが「ふつふつ」と燃え盛って来る。

 そして日本では、電力が余っている時に、「自然エネルギー」では無く「原発」と「火力」を優先して使う。と言うこの矛盾が、私には理解できない。

 ドイツでは、その反対の事を行っているようだ。なるべく「原発」に依存せずに、生活を送れるようにする。

それが、大切な事では?

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