令和元年「五月場所・十四日目」/朝乃山関優勝・栃ノ心関大関復活。

 まずは「朝乃山関」、千秋楽の前日であったが・・・「優勝おめでとう

昨日までに、比べて「かなり緊張した様にも、見られたが・・・」

 「ご両親の前での、勝利・・・そして横綱鶴竜が負けた事によっての優勝決定」

本当に、「親孝行」そのものですね。昨日の「物言い」は、「色々と言われていたが・・・」

 「運もつきの内。」、持って生まれて来たのもでしょう。

「栃ノ心関、大関返り咲きおめでとう」、「変化か~・・・」とも思ったが・・・

 私の思いからしてみれば・・・「昨日の物言い」で、全てが狂ってしまったような気もした。」

今日も、微妙な「物言い」有ったよね・・・。ただの昔からの根っからの相撲ファンの私が、何を言っても仕方ないか

 確かに審判部の方の中でも、きちんと説明して、的確に言うような「藤島親方」もいる。

そして今は「審判部」ではないのであるが・・・かつて「東関親方」が、身を乗り出して常に土俵「ぎわぎわ」の所を追いながら、目の前に「行司さん」が来れば、直ぐにそれを避けて見ていて「関心」して「尊重」していた事が有った。

 結局は「令和元年初の大相撲」は、あれだけ「力士」が「頑張りながら」の中の、「一部の審判員」の「忖度」だったのか

 ある意味、明日の「千秋楽」も「正面枡席」の「千人分」、例え「国賓」だと言っても「忖度」そのものの様にも、思っていた次第で・・・。

 多分、凄く「異様」な雰囲気何だろうな・・・。それも、結局はその分「税金」が使われるのか

と思った次第で有ります。

 これが「令和元年」の本場所、何だ。

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