「高校球児達の夏は終わった」優勝大阪代表「履正社」準優勝石川県代表「星 稜」

 暑い、暑い「高校球児達の夏が終わりました」

最初に得点を取ったのは、二回の裏・石川県代表の「星稜」、しかしその次の回に大阪代表の「履正社」が3点を取り、「3-1」となった。

その後はお互いのチームが粘って「7回表」まで続き、その後「星稜」が2点を奪って同点とした。

しかし、直ぐに次の回に「履正社」が2点を追加。

その後、裏の攻撃も9回表の攻撃も点数を取る事無く、最後は「9回裏の星稜」の攻撃に全てがかかったのであるが、またもや「星稜」は去年の夏に

続き、「記憶」は残り・・・初の「星稜」優勝、北陸初の優勝も出来ずに終わった。

「星稜」の「記憶」か・・・。

やっぱり、松井選手がいた時にまでさかのぼってしまうのかな

ライブドア―ニュースに次の様に「松井秀喜さん」の言葉が乘っていた。

  「同校OBで巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(45)がコメントを寄せた。全文は以下の通り。

 結果は残念でしたね。見ていましたよ。決勝戦だけではなくて、インターネットで全試合見てました。でも、仕方がないです。勝者と敗者が必ず出てしまうのが野球です。履正社とお互いに精いっぱい戦って、負けたわけですから。決勝戦も非常にいい試合でした。7回の同点劇の攻撃なんか、素晴らしかった。チームとしては、奥川君を中心とした、まとまったチームに見えました。守備も良かったし、打線は苦しんでいましたが、智弁和歌山戦以降、爆発しましたね。今までの星稜だったら、智弁和歌山に負けて終わり。甲子園での死闘は必ず敗者になった。あの試合に勝てたことは、今までの星稜の歴史を変えてくれたと思います。令和元年、101回目の甲子園で、何か新しい歴史が始まる感じがしました。

 林監督については、選抜大会以降、彼も大変だったと思う。(謹慎の)2カ月間、野球を離れて、彼も自問自答し、新たな出発をしてここまで来られたことは、素晴らしいですし大きな財産になったと思います。でも、ここで優勝できないのが星稜。母校のそういうところも大好きです。何か新たな宿題が残った感じですね。また、新たなチャレンジをして全国制覇を狙ってもらいたいですね。ただ目標は全国制覇かもしれませんが、星稜高校野球部のモットーは、あくまでも、野球を通しての人間形成です。それが校訓である「社会に役立つ人間の育成」につながっていくと考えています。

 後輩たちのプレーにたくさん感動させてもらいました。林監督はじめ選手の皆さん本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。 」

 私も今大会は昨年同様第一試合~今日まで全てを見ながら、高校球児達の熱い戦いを見いていた。

小学生の高学年から中学1年の夏休みまで、「兵庫県」に住んでいた野球大好き私は、夏の甲子園球場へも行ったものであった。

 また、小学・中学の時の同学年の野球部の同級生が、私が「兵庫県」を離れた後「報徳学園」のエースピッチャーとなり、兵庫県大会の決勝戦で負けてしまい「甲子園」に行けなかった。その人の小学生6年の最後の文集には、「僕は、必ず甲子園球場に立ちたいです」と書かれていたのだが・・・当時は新聞の全国版にまで写真付きで載っていたので、よほど注目の「選手」にまで育っていたのだろう。
 甲子園に、彼が出場した時にはぜひ応援に行きたかったのだが・・・それは、叶わなかった。

 学校は違っても、今年の夏の甲子園には「明石高校」が出場して、その中に、私の「名字」は「珍しく」子供の頃には、良く間違えて呼ばれていたのだが・・・その私の「名字」と同じ球児がいた。ついつい、最後まで見ていると自然と「名前」まで覚えてしまって恋しくなってしまうものがあるのだが・・・そして・・・

 本当は、本当はね・・・あの時の少年・・・に「星稜勝ったよ」とメールしたかったのであるが・・・

→ https://36968449.at.webry.info/201808/article_8.html?1566465269

UD18では、皆この夏は「ライバル」だったけれど・・・「仲間」として、頑張ってね。

 「暑い夏」をありがとう。

そして、また来年も頑張れ

松井秀喜1.JPG

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