戦後から「75年」の節目の、この世界中を襲っている「新型コロナウィルス」。

 昨日は「広島」に原爆が落とされて、「75年」になった。

広島市長の言葉は、本当に胸に刺さった。丁度「スペイン風邪」が世界中に蔓延した時に「第一次世界大戦」が起きたと言う。

 結局は、その「スペイン風邪」のせいで「第一次世界大戦」は終えた。

そしてもっと心に、響いた言葉は「毎年ながら小学生6年生の男の子と女の子」の声であった。

 私は戦争と言うものは知らない。しかし「広島ドーム」に過去二回行っている。

一回は「小学生」の頃だっただろうか・・・。そして二回目は、偶々戦争をじかに体験している父が偶々「広島」に単身赴任で行っている時に、もう今年は、帰るから、「私の息子たちを、連れて広島までおいで」と言う事で、息子二人を連れて「春休み」を利用して出かけたのである。

 私は偶々「中学生」の夏休みの時に、年の離れた妹が「小学校の図書館から借りて来た『裸足のげん』」の漫画本を見て、初めてこんな悲劇が日本で本当に有ったんだ。と言う事を改めて知った。

 戦争当時の事は、父と母から「東京大空襲」の事、また終戦後の大変さを聞いており、よく父も母も東京にいながら、家族一人も亡くなる事無く、生きて行けたんだな~。とは思ってはいたのだが・・・。

 丁度その頃「ベトナム戦争」が、起きており偶々中学時代の「社会科」の先生が「君たちは、今はこれだけ平和に過ごしているけれど・・・すぐそばのベトナムでは、とても悲惨な事が、行われている。戦争と言うものは、現地に行っている人達は、人間と言う理性すらなくなってしまうほど、生きるか死ぬかの間での、何の意味も無いものだ」と言う事を言っていた事を、今でも覚えている。

 話を戻し、私は偶々「父・母」からそしてその先生から「戦争の悲惨さ」を知り、それを本来ならばこれからは自分の子供達へもつ建てて行かなくてはならないと思っていたのだが・・・。

 父と息子二人と共に、「原爆記念館」に行った際に・・・私は、あえて息子たちに「何も言えなかったのである。」

あの時息子たちはその原爆記念館を見て、どの様に思ったのかさえ聞いていないのである。

 以前日本に原爆を落とした事により、日本は「戦争を辞めた」だから「アメリカ人達は、原爆投機は必要な事だった」と言う事も言っていたが・・・。

 アメリカの世論が変わって来ていると言う事を、今日初めて知った。

過去の事を、反省して果たして「原爆を投機」した事が正しかったのかどうか・・・。

 それを、検証しだした様だ。

確かに、広島で被爆した「アメリカ人」もいた。また「原爆を投機」した飛行機に乗っていた「軍人」も「被ばく」した。と言う話を聞いた事も有る。

 この世から本当に「戦争」と言う言葉が、無くなる事を一日も早く望んでいます。

このコロナ下の中でも、未だに戦争をしている国も有る中で・・・。

 それにしても皮肉だよね。節目の「75年目」が、今や目に見えない敵と世界中戦っているのだから。

政府も、それぞれの知事の言う事も全く異なる中・・・。

 結局は、国民への「丸投げ責任」の押しつけ。

コロナにかかるか、かからないか?コロナを誰かに移すか、移さないか・・・それは、あなた方の判断に任せます。って言う事ですよね。

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