令和二年「大相撲九月場所・十一日目」今日から後半/「正代!引くな!」完全に、私が「国技館」に行ったら、つまみ出されてしまう(笑)

 十一日目、二敗の関取は、「二敗同士」で取り組みが有った初入幕の「翔猿関」と「阿武咲関」との取り組みで、「叩き込み」で「阿武咲関」を破った平幕では「翔猿関」と「若隆景」の二人。そして三役では「関脇正代」と「大関貴景勝」。

 
 その前に、今日の幕内の「解説者は、元大関豪栄道の師匠」「境川親方」。

「佐田の海関」が「肩が、まだ万全では無い」と「肩には、テーピング」が施されていた。

そして、言った言葉は「どこが痛い、とかそう言う所は本来ならば言わない方が良い。引退した元豪栄道は、こいつには神経が無いのかと思うほど、どこかが痛くても、悪くても言った事が無かった」と。

 そう言えば「元大関豪栄道」は、唯一あの「横綱白鵬」の当時問題になっていた、「かち上げからの、直ぐに頬に力強い叩き。」

この行為に当時の全員と言って良いほどの「関取」が、すぐさま土俵上で潰れれていた。

 しかし「大関豪栄道」だけは、それでもなお顔を背けずに立ち向かっていた。そして、場所後に「顔面骨折だったかな、鼻の骨を負っていたのかな」とにかく、その後も相撲を続けていたのを私も覚えていた。

 その様な「境川親方」であるが「やはり、九州男児」。「同じ同郷だからと言う訳では無いが、正代関が優勝して、熊本に優勝旗」を持って帰ってもらいたい。と言っていた。

 「境川部屋」と言うと、今年の何月だったか。確か、自殺を図った女性が死にきれずに助けを求めた時に、力士達が「助け笛」で人助けをした。と言うニュースが流れた。

 そっか「境川親方」は「長崎県の出身か~」。

「本当に今のこの時期に、大相撲を観に来ているお客様には、頭が下がるばかり。きちんと声も出さずに、応援タオルと拍手だけで力士達を応援してくれている」と感謝の言葉を、述べていた。

 そして、今年の九州場所も「両国国技館」で行われる事に対して「本当に、九州の方々には申し訳ない」ぐらいの事を言っていた。

「琴奨菊関」が、土俵に上がった時には「九州場所では、嘉風関と琴奨菊関が土俵に上がった時は、本当に声援でいっぱいだった」

また「正代関」が土俵に上がった時には、「九州場所では、よく熊本の方達もわざわざ熊本から福岡まで足を運んでくれていた。」

 その「関脇正代」は、今日は「元大関高安」とであった。

今までの取り組みでは五分では有るが、ここの所ずっと連勝中

 そして時間いっぱい、どこかに「正代関」の余裕と言うか・・・何だろう、やはり私には「正代関」の胸の内は解らない。

立ったと思いきや、二人共々体当たり。そしてわずか「正代関」の方が、前に出て・・・。その後つかさず「高安関」が押し返した時に「下がるな~」と大声を、家の中で上げてしまった私(この時点で、国技館にいたらつまみ出される所だ。「お客さん声を出さない様にお願いします、どうぞルールを守れないのならお帰り下さい」と)。

 その後「正代関」はいなしながら、そしてそれを「高安関」は「突き離そうとする」が、下がらない「正代関」。

そして向正面まで、押して行き最後は「押し倒し」での勝利で「九勝目」。勝ち越しまで、後一番。

 明日の取り組み相手は、初日に「高安関」の手を焼き良い相撲を取りながらも、今場所は落ち着いて以前より、力を更につけて来た「照ノ富士関」の同じ「伊瀬ヶ濱部屋」の「タータン」とだ・・・。

 気を抜くなよ「正代関」。そして、これ以上もう私の寿命を縮めないで。

何とかしてでも、今場所の目標は「まずは、二桁の成績。そしてその先に、優勝が有れば良いな~」とどこかで、本人も思っているはずである。

 それにしても「大関貴景勝」どうしたんだろう

そんなに、厳しい取り組みでは無かったと思ったが・・・。

 確かに、勝った後に土俵の外に右肩から脇にかけて土俵に「ドスン」とぶつけていたのであるが・・・。

その後、右手が痙攣を起こして手をついて立ち上がれなかった。

 「貴景勝関」も何を聞かれても「大丈夫です」、「でも大丈夫です」、「もう大丈夫です」等。その様にしか答えない。

明日以降の、取り組みに支障が無ければ良いのだが・・・。

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