テーマ:私が愛したお馬たち

ディープ悲報からわずか10日 キングカメハメハ亡くなる。

 キングカメハメハ、現役時代「8戦7勝」。「NHKマイルC、ダービー」も含め、重賞を4勝した「キングカメハメハ」が8月9日「18歳」でこの世を去ってしまいました。 私は、よく「キングカメハメハ」の事を「キンカメ・キンカメ」と呼び続けていたのであるが、「サンデーの血が流れていない事」から、サンデーの血を引き継いでいる「繁殖牝馬」が多…
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女傑ヒシアマゾンが死亡、28歳 GI・2勝、1994年有馬記念でナリタブライアンの2着

 「ヒシアマゾン」と言えば、やはり「有馬記念」で応援していた「ナリタブライアン」の二着になった時の事は、はっきりと覚えている。そして、女傑として「数々の重賞」でも優勝して、「エリザベス女王杯」での優勝。  そして、引退後「アメリカ」に渡り「ヒシアマゾン」の第一子が「父:ヒシマサル」との間に生まれた、私たちの間では「マチャル」と呼んでい…
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余りにも、悲しすぎる!信じられない!

名牝ウオッカが蹄葉炎で死す 武豊「本当に残念」  とんでも無いニュース・・・。あのウオッカが、亡くなるなんて・・・ ウオッカは、「父:タニノギムレット」そして「父の父」は、あの「ナリタブライアン」の父である「ブライアンズタイム 」  最初は「ウオッカ」が、「海外」に行ってしまった事自体に・・・「何で{%はてなwebry…
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「ジナンボー君」一年半心配してたんだよ。2018年10月13日(土曜)500万下で見事に勝利!

ジナンボー君、本当に今までどうしていたの。まるで本当に連絡が付かない息子の様に・・・姿すら見せてくれなくて。何の情報も無いまま・・・ずっと君の姿を探していたよ。そしてやっと君の姿、そしてその顔その走りを見せてくれたね。昨年の新馬戦が終わった後に「来年のクラシック楽しみにしているよ{%表情ニコニ…
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今日は、「シャドーロールの怪物」ナリタブライアンの命日です。

 色々な思い出のある「ナリタブライアン」・・・そしてどうしても納得ができなかった最後のレース「高松宮杯」・・・ また久々の復活のレース等・・・ 一番悔しかったのは、「ナリタブライアン」に会いに行こうと夏休みの予定を立てたものの、「病後」で「ナリタブライアン」に会う事が出来ずに、一番楽しみにしていた「長男」がずっと車の後ろの座…
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【開成山特別】武豊オジュウチョウサンV! 障害絶対王者が平地でも圧勝!

久々に、私の心を動かしたさん。 今まで、障害レースで見事な成績を残してお父さんが私がこの上なく愛した「ステイゴールド」と言う事で、この上なく嬉しかった。  そして先日「オジュウチョウサン」の事で、「気性がきつくて最初は苦労をした」と言う事も聞いていた。 「やっぱり、父の親の血を引いていたのだな」…
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テイエムオペラオー死亡 悲痛の相棒・和田竜二「記憶はいつまでも残っている」

 忘れもしないあの「テイエムオペラオー」の勇姿。丁度今から19年前、あの時の四歳(今に置き換えると三歳)世代は三強と言われ「毎日杯(G3)」を1着で勝ち上がり「皐月賞」を制覇した後、「ダービー」「菊花賞」を手にする事は出来なかった。(しかし、毎日杯(G3)後は全てGⅠを含め重賞のみ出走) また私が、足しげくテレビだけを観ているのは…
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嬉しい記録・今亡き「ステイゴールド」産駒が歴代6位のJRA重賞93勝」

  5日の京都競馬第11レース「京都新聞杯」でステイフーリッシュ(藤岡佑介騎手)が1着となり、同馬の父ステイゴールド産駒のJRA重賞勝利数が93勝となった。これはノーザンテーストの92勝を抜いて、JRA史上6位の記録となる。  また、この勝利でステイゴールド産駒は13世代連続重賞勝利。サンデーサイレンスを抜いて単独3位の記録となっ…
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スペシャルウィーク死亡、 98年武豊のダービー初勝利馬

 98年ダービー馬でG1を4勝したスペシャルウィークが27日、けい養されていた北海道日高町の日高大洋牧場で死んだ。23歳だった。  同牧場の小野田宏代表取締役によると、23日の放牧中に転倒し、左腰を強打。馬房内で経過観察をしていたが、27日に転倒しているところをスタッフが発見し、午後4時40分に息を引き取ったという。  97…
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ヒシマサルが死亡、29歳のミホノブルボン世代 きさらぎ賞など重賞3勝

  1992年のきさらぎ賞など重賞を3勝したヒシマサルが余生を送っていた北海道浦河町のうらかわ優駿ビレッジAERUで6日、老衰のため死亡したことがわかった。29歳だった。  ヒシマサルは父Secretariat、母クリームンクリムズン、その父Vaguely Nobleという血統の米国産馬。栗東・佐山優厩舎に所属し、1991年にデビ…
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ワンアンドオンリーが引退 日本ダービーで橋口弘次郎調教師の悲願を達成

  2014年のダービー馬・ワンアンドオンリー(牡6、栗東・橋口慎介厩舎)が現役を引退することがわかった。通算成績は33戦4勝で、重賞勝利は2013年のラジオNIKKEI杯(GIII)、2014年の日本ダービー(GI)と神戸新聞杯(GII)の3勝。26日のジャパンCでの16着が最後のレースとなった。  ワンアンドオンリーは、父ハー…
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昨日は「サイレンススズカ」の命日でした。

 1998年11月1日の「秋の天皇賞」 この日は、前走の「毎日王冠」でやはり逃げて1着となった「サイレンススズカ」が「1番人気」で「秋の天皇賞」に挑戦をした。  当時「秋の天皇賞」は未だに「1番人気の馬は勝つ勝つ事が出来ない、と言う「ジンクス」があり「秋の天皇賞に潜む魔王」をどの様な走りで「サイレンススズカ」が退治するか。と…
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馬も凄いと思うけど・・・犬も凄いと思った瞬間。

 久々に、独り言を書いてみたくなった瞬間。 私の、創作意欲の到来か。 以前は、あれだけ次々と詩を書いて寝ていても詩やメロディーが頭の中に降りてきたのに。 その頃は、常にベッドの横にメモ帳を置いて寝ていた。  人って・・・必然的に幸福の時って歌が作れないんだな・・・と感じた時が多々あった。 また、忙しい時は空…
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どうしてもね・・・昔の馬が忘れられなくてね。

私が大好きだった、天にめされた馬達。 現役時代スターで、応援していて種牡馬・繁殖馬になったお馬たち。 そのまま・・・引退して、どの様な生涯を送っているかわからない馬達。 ふと・・・今日、夜になって外に出た時に天を見上げた時に次々思い出された。 その後は、今は私が好きだった種牡馬・繁殖牝馬たちの子どもたちを応援し続…
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トウショウファルコとの想い出

トウショウファルコ誘導馬引退式・そして私の近くに「ファルコ」はやってきた (写真提供 mamiさん)  私は、何故か東京競馬場のパドックが大好きだった。 何故ならピカピカのお馬たちを目の前で見る事ができる。 そして、栗毛色で金髪の誘導馬「トウショウファルコ」の姿がこの目に飛び込んできたとたんついつい思わず「ファ…
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「メジロライアン」が天国に行きました。

「オグリキャップ」の引退レースの有馬記念。 思い出します。 競馬の神様「大川先生」の「ライアン!ライアン!」と言う「ライアンコール。 また、大好きだったお馬さんが天国に行ってしまいました。 でも、良く長生きしてくれたね。牧場にも会いに行ったよね。 ノリジョッキーとのコンビがとっても似合っていたよ。 心から…
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「至福の時」~数々の馬との出会い~

(昨日掲載した、エッセイの続きです) 翌年の春、長男が「夏、北海道に帰るなら、新冠に行きたい。」と言い出した。 そう、長男は「ナリタブライアン」に会いたかったのだ。 あっという間に計画は進み、その後ナリタブライアンが病後で会う事ができないとわかっていたが、それでも行こうと言う事になり、8月に新冠へと向かった。   千…
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「至福の時」~エアグルーヴ編~

至福の時『貴馬の背で見る夢』 (このエッセイは、今から約15年前に某競馬雑誌でエッセイを募集していた際に書いたものです)  初めて競馬に出会ったのは、今から約16年前、競馬好きの夫と結婚したときであった。 煙草も吸わず、派手に遊ぶでもなく、誰が見ても真面目そのものの夫だったので、結婚する前に会社の同僚から、「実は彼、大の…
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あなた(貴馬)の瞳の中に

皆さんは、お馬さんと会話が出来る・・・と言うのを知っていますか? おでことおでこをくっつけて、お互いに瞳を見つめあう。 そうすると、お互いの気持ちが伝わってくるのです。 ~あなた(騎馬)の瞳の中に~ あなた(騎馬)の瞳の中に私の顔を映し出し  じっとその中の自分を見つめる。 今日の私は 泣いて…
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「不思議な夢」

不思議な夢(~Heaven~) 夢を見たよ 広い草原に  花は咲き乱れて 風に揺れている 天は高く 青く透きとおり 風が運んできたものは 君の姿 不思議だネ こんなところで また会えるなんて 君の瞳は 天より青く 輝いている 私を見て 微笑んで 手招きして 呼んでいる いつも思っていた 君の背の上で 同じ…
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哀しい、馬だらけの私の頭

先日の日曜日、ある(実は、私は不動産会社で働いているのですが)賃貸の不動産会社から「このお部屋は、小型犬二匹大丈夫ですか?」と聞かれ「オーナーさんに聞いてみないとわからないので」と言ってオーナーさんに聞きOKをもらった。そして、私は再び先ほどかかって来た不動産屋さんに電話をして「○○さんお願いします」と言ったら、「今他の電話に出ています…
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「ステイゴールド」突然の訃報

昨日はルメールとデムーロがJRA騎手免許合格と言うニュースが流れ、これからの日本競馬がまた変わって来ると心おどらせていたが、それもつかの間私にとってとても悲しいニュースも流れた。 それは・・・現役中からずっと応援していた「ステイゴールド」の訃報であった。 (写真提供mamiさん)  三冠馬オルフェーヴルをはじめ、ドリームジ…
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シャドーロールの怪物「ナリタブライアン」

 今から、17年前の春休みに長男(当時14歳)が突然「今度の夏休みに北海道に帰る時にナリタブライアンに会いたい」と言いだした。 私の旦那様(今はわけあってバツイチであるが)北海道出身で、毎年夏には北海道に帰省していた。 そして、そんな旦那様は競馬が大好きで結婚した当時から土、日は必ず競馬中継が流れていた。 そんな中、元々馬…
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「ピンク色のお鼻・大好きだったジェニュインが亡くなりました」

現役時代は1995年の皐月賞などGIを2勝し、種牡馬としても活躍したジェニュイン(牡23)が19日、放牧中の怪我で死亡した。  社台スタリオンステーション(事務局)徳武英介氏「サンデーサイレンスの初年度産駒として、産まれたときから先代が大きな期待をかけていた馬で、その期待どおりにクラシックを勝ってくれた功労馬です。種牡馬引退後も牧…
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2005年10月21日・・・私が愛したお馬たち⑥~トウショウファルコ~その四~君の命は永久に・・・

2005年10月21日  秋の天皇賞を待たずに、私が大好きだった東京競馬場の誘導馬を勤めたトウショウファルコが永眠した。 そのときの天皇賞の前27日に、ファルコが誘導馬の役目を終え過ごしていた、横浜の根岸にある馬の博物館にてお別れの会が開かれた。 この日は、平日にもかかわらずたくさんの人たちが集まった。 そ…
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私が愛したお馬たち⑥~トウショウファルコ~その三

(写真提供mamiさん) 「ファルコ」が根岸のポニーセンターに来てから、私は時間があるとよく足を運んでいた。 ある時は、馬仲間と。そしてある時は一人で・・・ 実は、ファルコは「子供」が苦手な事に気づいた。 それは、馬友達と二人で根岸に行ってファルコと三人(?)で会話をしている時であった。 私たちの反…
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私が愛したお馬たち⑥~トウショウファルコ~その二

  ファルコが、根岸にやって来てから時間を見つけては「ファルコ」の元に行った。 ファルコは一番大きな馬場で、いつも楽しげに遊んでいた。 私が声をかけるといつも駆け寄ってくれていた。 そして、私の父が病を患い横浜の病院に入院をし手術をした後二日間私は父の病室に泊まった。 一晩目は、寝ずに付き添い父の看病をした…
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私が愛したお馬たち⑥~トウショウファルコ~その一

(写真提供mamiさん) 私は、何故か東京競馬場のパドックが大好きだった。 ピカピカのお馬たちを目の前で見る事ができる。 そして、栗毛色で金髪の誘導馬「トウショウファルコ」の姿がこの目に飛び込んできたとたんついつい思わず「ファルコ」と呼んでいた。 ファルコは、いつも頭を弓形に曲げ堂々と馬たちを誘導して本馬場へ…
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私が愛したお馬たち⑤~チカラダユウキ~

(写真提供 黄色いしっぽ) 「チカラダユウキ」    初めて君に出逢った日のこと・・・私はけして忘れない。 今からちょうど二年前、まだ人もまばらなパドックにたどり着いたとき、君はうつむきかげんに、パドックを回ってきて、私がボソッと「アッ、チカラダユウキ」といったとき、君は顔を上げて私を見て笑った。 そして通…
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私が愛したお馬たち④~エルフランド~

写真提供 黄色いしっぽ 安らかにエルフランド・・・ 先週の木曜日・・・カバリーの妹のエルフランドが天へと駆け上がって行った・・・ すでに金曜日に連絡はもらってはいたものの・・・ なかなか 書き込むことができなくて・・・ 兄ちゃんとは似ても似つかない“栗色の妖精”鈴木厩舎のおそろいの菖蒲色のわたりが…
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