「阪神淡路大震災」から22年

何故か、私は22年前の1月17日の事を鮮明に覚えている。

朝、起きてテレビを付けた時に高速道路が横倒しになりそのギリギリの所で雪を乗せたバスが何とかとどまっていた。

そして、その日はたまたま簿記の講習会の日だったので朝から出かけたのであるが私の心は穏やかでは無かった。

何故なら、私は以前小学生の5年生の時から中学1年まで「兵庫県」の宝塚に住んでいたのである。

その前に、大阪の豊中市に住んでいたのだがその時の小学時代の大の親友が結婚してやはり兵庫県に住んでいたのだ。

帰ってから電話をかけてもつながらない。宝塚時代の親友にかけてもつながらない。

ようやく、連絡が付いたのは2週間以上経ってからだった。

もう何年であろうか・・・年賀状は未だにやり取りしているが私が神奈川に来てから初めて電話での会話をした。

何とか、二人とも無事であった。

しかし、宝塚の方は私が住んでいた所は大丈夫であったが「阪急電鉄」の線路を挟んでその反対側はかなりの被害を受けて、小学生時代同じクラスだった友人は亡くなってしまったと言う事を聞いた。

此方でも、もうじき3月11日になる。

あの時の恐怖は、神奈川に住んでいる私にとっても忘れられない。

何故なら・・・当時、そして今でも「足の手術」をして事で30分以上続けて歩く事は出来ないし走る事は全くできない。

また最近は頻繁にあらゆる所で自身が毎日の様に大小起きている。

東京直下型地震もいつ起きるかわからない状態。

普段、何気なく過ごしている中でこういう日だけは「色々と心に留めて」今生きている自分を大切に思える人間でありたい。

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